津田教授 since 2009-10-17

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今、日本人は日本語をどれだけ大切にしているだろうか?いや大切にしているとは思えない。日本語は軽んじられている。
英語支配の時代において、日本語は日本においてすら脇役である。テレビを見れば、英語だらけのコマーシャル。
商品名はすべからく英語化している。そして会社名も、日本国有鉄道がJRになって以来、農協はJA、電電公社はNTT, そしてあの松下電器もPanasonicと改名した。そして、最近はお役所や政治家も英語好きになっている。
たとえば、「タウン・ミーティング」。なぜ「市民討論会」と呼ばないのか。政府やお役所ですら日本語を軽んじている。
それに拍車をかけているのが情報化社会の現状である。コンピューター関連の生の英語が飛びかっている。
ログイン、アクセス、メイル、インターネット、ウェブサイト等等上げたらきりがない。
そして、この英語支配、日本語軽視の状況をダメ押しするかのように、教育においても日本語が軽んじられている。
たとえば、日本語(あるいは国語)を必修科目としている大学は全国でも数えるほどしかない。逆にほとんどの大学で英語を必修にしているのである。
大学教育において、日本語は軽視、いや無視されている。まさに本末転倒である。
しかし、グローバル化の時代への対応と銘打って、文科省は英語教育重視政策を打ち出している。
たとえば、小学校での英語教育の開始。そして、数年前には「英語が使える日本人の育成」という政策を発表した。
そもそも、重要なのは英語ではなく、日本語であるはずだ。小学校から大学まで、日本語教育を重視し、もっときちんとしたものにしなければならない。英語教育は二の次でよいのである。
日本は明治以来、欧米の技術を取り入れるために、英独仏の3西洋語を中心に外国語教育に力を入れてきており、その「外国語中心」の教育体制は今でも続いている。現在の英語重視、日本語軽視の現状もこの「外国語中心」の体制が大きく影響している。
しかし、今までの日本と現在の日本では国家としての力や立場も大きく異なっており、日本人がもっと本当の意味で自信を持って生きていくために、日本の教育はもっと「日本語中心」に変えるべきである。「外国語中心」の教育では、日本人はいつまでたっても欧米人にコンプレックスを抱き続けなければならない。
そのためには、まず大学教育の外国語、特に英語中心の教育を、「日本語中心の教育」に切り替えなくてはならない。
つまり、日本語を必修科目に据え、そして英語をはじめとした外国語を選択科目にすべきである。
同じことが小学校、中学校、高等学校の教育にも言える。国語の時間を増やし、英語の時間を減らすべきである。
日本は日本語の国である。日本語を大切にする国民を育てなければならない。そのためには、「日本語中心の教育」を推進すべきである。
(平成20年11月17日)