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これは漱石の講演集である。なかでも、この本と同名の「私の個人主義」と「現代日本の開化」が
私にとって印象深く、そこにはいつの時代でも通用する真実が説かれている。
「私の個人主義」は、人生論であり、指導者論でもある。当時の学習院高等部の学生たちに向け
た講演で、将来は日本の指導者となる若者たちに「人はいかに生きるべきか?」を説くのである。
漱石はまず、人は生涯をかけてやり続ける仕事を見いださなければならないと説く。「これが自
分の仕事だ。このために自分は生まれてきたのだ」という確信を持つまで悩み苦しむことをすす
める。漱石にとってその仕事とは文学であった。 そして、個性の重要性を説く。人生の意味は個
性を伸ばすことにあると説く一方で、漱石はいう − 「しかしそれは人格の裏付けがなくてはなら
ない。悪しき人格の者が個性を主張してもロクなことはない」。なぜなら、人格の未熟な者は自分の
個性を地位や金力や多数の力で押しつけるからである。 漱石のいう「個人主義」とは「孤人主義」といっ
てもいい。群れを成すのではなく、「個」として一人立ち、正直、真実、善といった「普遍的価値」
のために自己の利害を超越して行動する生き方を指すのである。今流行りの「私中心主義」とは全
く違う。 もう一つの講演「現代日本の開化」は近代化批判論といえる。西洋近代により、「開化」を余儀
なくされている日本の将来を憂いている。生き残るために「西洋かぶれ」になっている日本を漱石
は「軽薄で皮相である」と断じる。そんな生き方では日本人は「自己本位の能力」を失うと嘆く。
西洋からの「精神的自立」を漱石は熱望していたのである。 「グローバル化」という名の「アメリカ化」が
世界を支配しようとしている現在、個人にとっても、国家にとっても、「精神的自立」が最も大事で
あるという漱石の警鐘を私たちはいつも心に留めておきたいものである。 どこを読んでも漱石の
誠実な人柄と深い洞察に触れられる講演集である。しかも、漱石は江戸っ子で落語好きな面もあった
ので、話し方が粋でユーモアに富んでいる。ここに本物の知性がある。 |